禁断の森に棲む鳥
山深いオヒア樹の森に、
宝石のような美しい鳥が
明け方、蜜を吸いにやってくる。
その姿を見た者はハワイを離れられなくなる。


世界が違って見えた瞬間

見えなかった鳥たちが、ある日突然、見えるようになった。崎津鮠太郎(ルビ:さきつはやたろう)さんが、そんな不思議な体験をしたのは2004年のことだった。

ハワイに移り住んで3年目。ある雑誌がコーレアという渡り鳥を紹介する記事を企画した。グラフィックデザイナーの彼は、その鳥の飛行ルートを示すイラストマップを描くことになった。たまたま仕事として受けたのだけれども、その鳥が繁殖地のアラスカやシベリアからどんなふうにハワイまで飛んできて越冬するのかをはじめて知った。そして古代からハワイの人びとがチャントで歌ってきた鳥だということもわかった。しばらくして、実際に自ら描いたコーレアを通い慣れた公園で見かけたとき、鮠太郎さんは自分でもびっくりするほど感動した。

その日を境に世界が違ったふうに見えはじめた。ある日、ふと空を見上げると、純白の鳥が鮠太郎さんを見下ろしながらホバリングしていた。目がくりんとした愛くるしい顔が印象的だった。家に帰って図鑑で調べてみると、その鳥はマヌオクー(シロアジサシ)だとわかった。驚いたことに、ハワイではオアフ島のホノルルの都市部にだけ生息する稀少な在来種らしい。しかも好奇心が旺盛で、人をあまり恐れないという。

じゃあひょっとするとまた同じ場所で会えるかもしれない。そう思った鮠太郎さんは、翌日カメラを提げて遭遇した場所へ行ってみた。すると予想どおり、マヌオクーは彼を待っていてくれた。

「これがぼくにとって、鳥の種類や場所を意識して狙って撮った最初の写真でした」

この島はめずらしい鳥たちで満ちている。宝石のようなこの生き物たちを、今までどうして気づかなかったのだろう。鮠太郎さんはなんだか言いしれぬ感動に震えた。

よそ者もいつかは固有種に

気がつくと鮠太郎さんは、毎週、バードウォッチングに出かけるようになっていた。住まいのあるオアフ島だけでなく、ハワイ諸島の島々に月に1度、泊まりがけで行くようになった。なかでも鮠太郎さんが魅せられたのは緑がひときわ濃いカウアイ島だった。あるときカウアイ島で奇妙な出来事に遭遇した。

「どの野鳥ガイドにも、コケエ州立公園付近の森ならすぐに観察できると書いてあるカウアイ・アマキヒを探しに行きました。でも、いくら探し回っても1羽もいないんです」。ネットや本でも調べてみたけれど、わからない。そこで、ハワイ在住の写真家に思い切って連絡を取ってみた。彼は、鮠太郎さんが愛読している図鑑を出版している有名なバードウォッチャーだった。

「じつはここ数年、伝染病が流行って、アマキヒの数が減っているんだ」と彼は教えてくれた。鮠太郎さんは、鳥たちの行く末が心配になったと同時に、異変を見逃さなかった自らの観察眼にうれしくなった。

その後も情報交換を重ねたその写真家は、「じゃあ、こんどカウアイ島でいっしょに観察に行こう」と誘ってくれた。こうして、バードウォッチングをきっかけとして、鮠太郎さんはハワイに住むいろいろな人たちと知り合うこととなった。

鳥に例えるなら自分は外来種。いつも鮠太郎さんはそう感じていた。縁あってハワイで暮らすことになったけれど、すぐになじめるとは限らない。でもこうして少しずつ地元の人たちとネットワークが広がって、カマアイナ(土地っ子)の仲間入りができそうな気がする。いつかは、自分もハワイの固有種になっていくのだと思えるようになった。

野鳥は固有種、在来種、外来種と大ざっぱに分類される。在来種はむかしからその土地に棲んでいる鳥だ。そのうちハワイにしかいない鳥が固有種だ。

「ワイキキで観光客が目にする鳥のほとんどは外来種といわれています」。キャプテンクックの上陸以降、150種類以上の鳥が世界中からハワイに持ち込まれてきた。メジロは日系移民がつれてきたものだし、ウグイスもそうだ。こうしてユニークな多様性を形成してきたハワイだけれど、固有種の数は年々減る一方だ。その聖域は、伝染病を媒介する蚊や競合する外来種がいない高地へと追いやられて久しい。

「幸いまだ、オアフ島でも固有種の観察ができるところはたくさんあります。次の日曜日、案内しますよ」と鮠太郎さんは誘ってくれた。

心の中に住み着いた鳥

見えなかった鳥たちが次第に見えてくるようになると、こんどは鳥のほうから呼びかけてくるようになる。

真珠湾を見下ろすアイエアループの、そのまた奥。コオラウ山脈へつながる明け方の尾根道を私たちはひたすら登った。お目当てはオアフ・アマキヒという固有種だ。どこまでも続く原生林の中から、体長数センチの小鳥をどうやって見つけだすというのだろうか。

「ほら、聞こえるでしょう、小さいけれどちょっと甲高い鳴き声」。それは鮠太郎さんにとって、アマキヒが「早く見つけにおいで」と呼ぶ声だ。

1時間ほど歩くと、赤いトサカのような可憐な花をつけたオヒア樹が朝日を浴びて輝いていた。鮠太郎さんは、その枝にあたかも鳥たちが乱舞する様を鮮明にイメージしたかのように立ち止まった。

「ここで待ちましょう」

その大樹の前に陣取ってから数時間。アマキヒかと思いきや、姿形のそっくりなメジロの先客に翻弄されっぱなし。見事なウグイスの「ホーホケキョ」もどこからか聞こえる。いったいどこの国の森に迷い込んだのか不思議になる。

しかし、それでも鮠太郎さんはじっと待つ。きっとやってくるという確信があった。それは何かに興味を持って、調べたり、経験を積んだりするうちに、人間に備わるもうひとつの眼力のようなものだ。

果たしてその姿をカメラが捕らえた瞬間、長い沈黙を破って鮠太郎さんはファインダーの中に語りかけた。

「よし、いい子だ。もうひとつ手前の花にとまっておくれ」。超望遠レンズが捉えたオアフ・アマキヒは、薄緑色の愛くるしい鳥だった。深紅のオヒアレフアの花の蜜を吸いにやってくる姿は、さしずめハワイ版「ウメにウグイス」の図だ。

あたかも禁断の森で聖なる鳥を見つけたように、鮠太郎さんは夢中でシャッターを切っていた。もしかしたらこの人はもう、人間世界に戻らないのではないか。一瞬、そんな雰囲気すら漂わせていた。

もちろん、そんなはずはない。彼にはホノルルの街の生活があるし、仕事の締切も抱えている。けれど、少なくとも生まれ故郷にはもう戻らないだろう。

鮠太郎さんは生まれも育ちも熊本だ。ほんの数年、語学留学をするつもりで、か細いツテを頼ってハワイにやってきた。だが、いずれ故国に帰るつもりできた人にとっても、ここはあまりにも誘惑に満ちた島だ。ある人にとってはサーフィンだったり、フラだったり。またある人にとっては、国際ビジネスだったりとさまざまだ。鮠太郎さんにとって、それは文字通り野鳥だった。

どれも感心のない人にとっては、気にとめることすらない。だが、一度魅入られると、それまで見えなかったものが見えてくる。そして人生を変えてしまうこともある。
もともとハワイの固有種といわれる鳥だって、太古の昔にさかのぼれば地球上のどこからか渡ってきた外来種だ。この南の島を気に入って年月を重ね、やがて固有種となっていった。人の場合は、いつカマアイナになるのだろうか。きっと、心の中に聖なる鳥が棲みついた瞬間からなのだろう。