静寂に耳を澄ます
音のないハレアカラ噴火口で聴こえたもの
Writer: エドワード・リーディッカー−ヘンダーソン
Translator: 濱元恭子
Editor: 道添進
Photographer: エリース・バトラー/マット・マラムズ

5年前に読んだ研究論文に、世界でもっとも静かな場所はマウイ島のハレアカラ噴火口とあった。

私は真の静寂を求めて世界中を旅している。きっとそれは北極圏やモンゴルの砂漠地帯などの人里離れた遥か遠方にある。そう信じて各地を訪れてみたが、失望の連続だった。北極圏では、大陸から引き剥がされた氷河のきしむ音が鳴り響いていた。モンゴルの大平原では強風がおさまると、ヤギやヒツジが牧草をはむ牧歌的なメロディが流れてきた。音風景の最高峰と称される京都のお寺の鐘の音を聴いてもみた。穏やかではあったが、静寂とはほど遠かった。ベニス運河の静けさはどうだろう。車は通らず、急な曲がり角の多いこの街では、コツコツという足音すら聴こえない。夜を迎えると、街は500年前となんら変わらない静けさが保たれていた。しかしもっとも静寂にちかい場所はハワイ島にあった。キプカ・キと呼ばれる原生林地帯である。森林の中を散策してみたが、何も聴こえなかった。風も、鳥も、虫の音でさえ聴こえてこない。あまりに静かすぎて耳に違和感を覚えたちょうどそのとき、滝の音に救われた。この地はもはやほとんど再生不可能な静寂さに包まれていた。

そして静寂探求の旅をつづけてきた私は、最初に訪れるべきだったハレアカラ噴火口の真ん中に、ようやく近づいていた。

「ハレアカラでいまからあなたが耳にするのは」と自然音録音アーティストのゴードン・ヘンプトンさんが説明をはじめた。「聴覚では感知できない、火山とも大海の波とも知れない地中の奥深くから湧きあがる低周波音です。その存在を体で感じ取ってください」。

ハレアカラで最後の噴火が起きたのは200年前とも500年前とも伝えられている。噴火時にはあらゆる生物を溶解させてしまう250デシベル以上の大騒音をたてていた。そのハレアカラが、現在どれほどの静寂さを保っているかを正確に把握する者はいない。ハレアカラ国立公園文化資源課マネージャーを務めるリズ・ゴードンさんによると、火口原の一部の区域は、マイクでなんの音を拾うこともできないほど静かだ。以前、職員が噴火口内の音を計測した際には、計器の金属疲労のノイズしか録音されていなかったという。

噴火口の静けさの理由には、人間の営みから遮断され、保護区域として管理されていることなど、いくつかの要因が重なっている。ハレアカラは、もともと1916年にハワイ島キラウエアとともに、ハワイ火山国立公園に指定された。1961年にキラウエアとは分離され、現在のハレアカラ国立公園となった。ハレアカラの広範囲において、音をたてる木の葉や動物など、生物が一切存在しないことも静寂の一因とされている。また噴火口のくぼみや噴火丘などの地形が風よけの役目を果たしていること、低地とくらべて温度が低く、音波の移動が遅いことなども静寂環境の維持に繋がっている。

ポリネシア人がブタやイヌ、ニワトリなどの騒々しい動物を持ち込む以前のハワイの静けさを知ることは不可能だ。またサツマイモやタロイモ、パンの木が生育する前の、森林を吹き抜ける風の音も、もはや憶測の域でしかない。

捕鯨船ウェリントン号が、1826年に幼虫感染した水の入った樽を海岸に投棄し、多くの蚊が放たれてしまう直前のハワイですら、どのような音に包まれていたのか知るすべはない。耳もとでうるさく羽音をたてる蚊は、鳥マラリアでハワイ固有種の鳥類を激減させ、これによって音風景が劇的に変わった。新しい世紀を迎えるころ、ハワイの環境破壊を危惧した鳥類学者のH・W・ヘンショー氏がこう綴っている。「いくら待っても、もう固有種の鳥の鳴き声を聴くことはできないだろう」。

ハワイの音風景が劇的に変化していく中、マウイ島だけは例外だった。自然界の音のみが谷間や山々のくぼみに反響し、さまざまな音を生み出していく。ここは、人間が移り住む前のハワイの音風景にもっとも近い場所といえるだろう。火口の底にはいくつもの生物生息区と、数多くの生態系が存在する。それぞれがまったく異なる音を生み出し、さながら音の方舟、もしくは音響博物館のようである

草が生い茂るハレアカラ火口北西部と、砂と火山灰に覆われた火口南西部の不毛地帯の間を移動するため、私は一歩を踏み出した。噴石丘の陰に佇んでみる。なにも聴こえなかった。それはそれで良かった。ただ、待てど暮らせど、ゴードンさんの言う地中の奥深くから涌きあがる音の存在を感知することはできなかった。どうやらまだその場所とやらに到達していないらしい。

私はこれまで長いあいだ静寂を探しつづけてきた。穏やかで素晴らしい場所にも行き着いたが、どれも予期せぬ音に台無しにされた。ここハレアカラでの予期せぬ音は、観光ツアーのヘリコプターだった。まったくの想定外とも言い切れない。5年前に読んだ研究論文にもこう記されていた。地球上でもっとも静かな場所はハレアカラだ。ただヘリコプターが上空を飛んでいないときに限るという。国立公園の要請で、ヘリコプターは火口上空を飛行しない。しかし、音が反響してピンボールのようにはじけ回る火口縁ぎりぎりのところまで飛んでいる。

すり鉢状の窪地になっている噴火口は、円錐形の振動板で音を出すコーンスピーカーのようなものだ。ここでは音波をかき消してしまうものはごくわずかしかない。これまで私が訪れた地球上のどこよりも、音は遠くまで届いてしまう。スライディングサンズ・トレイル上方の岩棚に座っていると、400メートルほど先にいるハイカーがズボンをはたく音が聴こえた。800メートル離れたところの会話でも傍聴可能である。こんな場所でヘリコプターが飛べば、残響はしばらくの間続く。試しに計測してみた。ヘリコプターの音は走り去ったあと、3分ちかく消えることはなかった。ちなみに上空を飛んでいたのは20秒程度である。

「国立公園では飛行ツアーの影響を考慮し、飛行の数や範囲、時間帯の管理に慎重に取り組んでいる」と資源課のリズさんは強調する。調査によると、ヘリコプターの騒音レベルは飛行機より高い。騒音は広範囲におよび、四方に広がるという。「自然の静寂は失われつづけている」とリズさんは危惧する。静寂に身をゆだね、心を落ち着かせることもできない。そんな火口でどうやって風景を楽しめというのか。「かつて静寂は澄んだ空気や水のように、特別なものではなかった」とゴードンさんは話す。「われわれの先祖にとっては生活環境の一部だったが、今は極めて少なくなっている」。

騒々しい社会で暮らすことに慣れてしまったからだろうか。真の静寂が及ぼす影響について、私たちは詳しく知らない。大きな騒音の弊害は聴力障害、記憶障害、集中力低下、高血圧、心拍数増加、血管収縮、ストレスホルモンの増加など、よく知られるところだ。かといって横で赤ん坊が泣こうものなら、騒音をかき消すためにiPodiPodの音量を上げることに躊躇などしない。実際のところ多くの人間は真の静寂が苦手なのではないか。まったく音のない世界などたしかに気味が悪い。静寂の中に身を置き、音のない世界に慣れてくると、自分の鼓動が、まるで頭蓋骨で太鼓を叩いているようにドンドンと響いてくる。真の静寂の中では心を落ち着かせることは難しい。そのことは国立公園サービス局が実施した調査結果でも裏付けられている。静穏な場所を求めてハレアカラ公園内のキパフル地区を訪れると答えた人は、火口と回答した人の2倍にのぼった。しかし、キパフルは確かに素晴らしいところだが、決して静かとはいえない。滝や波のさざめきが響き合い、ときに騒がしいほどだ。

静寂な空間は希少であり、瞑想へ誘う非日常的な感覚が呼び起こされるからなのだろうか。世界各地で静寂はさまざまな儀式に欠かせないものとして受け入れられている。公園関係者は2008年、火口付近での騒音のもたらす影響について、先住ハワイアンのクプナ(尊敬を受けている年配者)と話し合っている。このときクプナたちは騒音によって聖域が脅かされ、伝統儀式の障害になっていると訴えた。クプナのひとり、ホクラニ・ホルト−パディラさんは、そのダメージは深刻で、たとえ騒音が今日止まったとしても、ハレアカラがマナ(生命エネルギー)を再生するまでには何十年も要すると警鐘を鳴らしている。

手にしていた地図を開く。バサバサと風になびく紙の音は、まるで雷のように大きく響き渡る。ようやく目的地に到着したらしい。

5年前に来るべきはずだったこの場所には、こんもりと盛り上がる色彩豊かな噴石丘以外、なにもない。立ち止まってみる。風はなく、動くものすらない。歩くのをやめてその場に腰を下ろした。空も、この景色も息を止めているようだった。まったく音はしない。しばらくするとようやく自分の呼吸音や鼓動が聴こえてきた。それをかき消すように自問の声が頭の中を駆けめぐる。これが本当に静寂な空間なのだろうか。自分はここでなにをしているのか。これまで訪れた場所と果たして違いはあるのだろうか。

しばらくすると、私の体は静寂に包まれ、次第に心も静穏に満たされていった。なにかが聴こえた。火口の音か、それとも島の音か。手のひらの下に広がる砂からじわじわと伝わってくるそれは、音とはすこしちがった。

まったくなにも聴こえなくなり、手首に触れてみた。鼓動はまるで大地の振動に合わせるように動いていた。これは海岸に打ち上げる波の振動なのか。もしかしたら島の息づかいかもしれない。どちらにしても今まで聴いたことはなかった。そしてもう2度と聴くことはないだろう。

静寂がつづくかぎり、その場にずっと佇んでいた。自分の鼓動を感じながら。いやハレアカラの鼓動だろうか。ひょっとするとたった今、鼓動は一体になったかもしれない。