ハンディなしの真っ向勝負
文=ステュー・ドーズ 写真=モンティ・コスタ

小さいからおもしろい

スコールは右舷から数キロ先の水平線のあたりでとどまっている。ときおり雨の帯が岸に向かい、ハワイ島南東の沿岸にパッチワークのように広がる溶岩と森林地帯を通りすぎていく。雨は冷たい風をつれてやってくる。乱気流でできたまっ黒な雲から落ちる雨はガラスのような海面をはげしく打ち、無数のさざ波が立つ。やがて雨は去り、静寂が戻った。

マウナケア山の頂は雲に隠れ、ヒロの町はときどき顔を出す太陽の光の中で輝いている。押し寄せる南からのうねりは、波頭までの高さが2メートル近くはありそうだ。だが、私たちは800メートルほど沖にいるため、波が砕けることはまずない。ただ、ゆっくりと上下する動きに身をまかせていればよい。私たちのカヤックはおたがいに50メートルほど離れていた。うねりが寄せては去っていくたびに、相手のカヤックが視界から消える。

ショーンは3本の釣り竿を積み込んでいる。うしろに取り付けてある1本は深海魚を狙う漁師が好んで餌にするオペル(アジ)用だ。あとの2本はカヤックの両側に45度の角度で固定してあり、釣り針にはそれぞれ12・5センチのダイワ製疑似餌が付いている。二重鉤になっているのは中くらいの大きさの遠洋魚を釣るためだ。アク(カツオ)、アヒ(マグロ)、オノ(サワラ)、マヒマヒ(シイラ)のような魚は、2キロぐらいのものから90キロにおよぶものまであり、重さには大きな差がある。大物を引き上げるときに繰り広げられる最後の格闘はすさまじい。かかった魚とほぼ同じ重量の4メートルそこそこのカヤックの上で、海面からわずか4〜5センチのところに座ったまま闘いは行われる。まさにおたがいハンディなしの真っ向勝負だ。

一方、私が用意している釣り竿は1本だけ。漁師でもない私がそれ以上を扱うのは無理な話だ。私がここにいる唯一の理由は、古くからの友人、ショーン・ゼナーが、カヤック・フィッシングの世界を見せてくれることになったからだ。私は今朝、すでにオノを2匹獲りそこなった。そう確信したのはショーンが以前、「オノは餌にがっぷり食らいつき、す早く逃げる」と教えてくれたからだ。ショーンは数カ月前、申し分のないサイズのアヒを引き上げようとしたとき、紺碧の海面からキラリと銀色の光が飛び出すのを見た。オノだった。それはあっという間に餌のアヒを呑み込んだ。そしてギザギザしたハサミのようなアゴと歯で釣り糸をつかみ、もぎ取ったという。

それでもハマってしまった人たち

今ハワイでカヤック・フィッシングをしている人が何人いるのか正確な数字はない。だが、愛好家が増えつつあることは多くの人たちが実感している。その理由はいろいろある。まず沖の漁場に出るのにいちばん安あがりなこと。古くから行われているもっとも単純なやり方だし、しかも多くの行動派に特有のチャレンジを好む遺伝子を満足させてくれるからだ。

確かにカヤック・フィッシングは魅力的だが、現実は厳しい。漕がなければ進まないし、日蔭もないプラスチック製のカヤックに8時間以上座り続けるのは、とても快適とはいえない。まして船酔いしやすい人は、小さなうねりでもカヤックが揺れるため、餌を結びつけるというような単純な作業でも目まいがする。もう1つ意外なことだが、膝がひどい日焼けになる。これは体験してはじめてわかった。

そこにきて、大海原だ。ハワイ諸島のすぐれた漁場の多くは、おだやかな内海と荒波の外海とを分けるバリアリーフがない危険な場所にある。20分も漕いでいると、環境は激変する。たとえ波が砕けないときでも、大海のうねりや、慣れない目には見えない潮の流れは、奈落への入り口となる。さらに海岸近くには寄りつかないが、沖の深海を回遊している大型の捕食動物に出くわすこともある。

深海の魚を釣り上げる以前の段階で、こんなふうに多くのことに対処しなくてはならない。ベテランの漁師によれば、アヒ(ハワイ語で「火」という意味)の抵抗はすさまじく、そのあまりの激しさからアヒ自身の魚の身が本当に焼けるのだという。オノは最高時速80キロで泳ぎ、ヒレはカミソリの刃のように鋭い。カヤックの標準的な座席というのは、漕ぐ動作を除いては、何をするにも厄介にできている。必死にもがく魚が釣り糸をひっぱりながらカヤックの周囲や下を泳ぎまわると、そのたびに船体は揺れ、向きが変わる。苦闘の末、やっと魚が水面上に姿を現わすと、片手で釣り竿を操りながら、もう一方の手に握った鋭い魚カギで突ける距離まで魚をたぐり寄せなくてはならない。カヤック内に引き上げた魚がもがいても、それをよける隙間はない。

こうした闘いは一般的な趣味のレベルをはるかに超えるものだが、やみつきになると一生涯続けることになるようだ。ハワイ島出身で現在オアフ島に住んでいる37歳のアイザック・ブルーマギンさんもその1人だ。9年前にカヤック・フィッシングに魅せられるまで、彼は熱心なカヌーパドラーだった。「カヌーレースはハワイアン文化の大切な一部」というアイザックさんは、カヌーに乗ることにハワイアンとして大きな誇りをもっている。「磯釣りもやったけど、あれは退屈でねえ。なかなか釣れないんですよ。昔の人たちがどれだけカヌーを駆使していたかを思うと、釣りのルーツを探り当てた感じがします」と、カヤック・フィッシングへの思い入れを語る。

ワクワクがとまらない改造

現代のカヤック釣りとハワイアンの伝統との間には大きな隔たりがあるようにみえる。だが、広い意味ではそれほどの違いはない。1880年代にエマ・ベックリーさん(ハワイアン・ナショナル・ミュージアムの当時の館長)の著述の中に、ハワイアンの漁師は「しばしば陸地からまったく姿がみえなくなるほど遠く離れた沖に出ていく」と記している。19世紀の終わりごろ、ハワイアンの歴史家、サミュエル・マナイアカラニ・カマカウ氏もまた、「ハワイアンは10種類以上の深海の魚を釣りに行く。その中にはアク(カツオ)、ウラウラ(赤色フエダイ)、アヒ(マグロ)、ウク(灰色フエダイ)などが含まれている」と書き残している。カマカウ氏と同時代のアブラハム・フォーナンダー氏は、ヘエ(タコ)からアヒまで、カヌー・フィッシングの20種あまりの技術について解説している。その中で「魚は非常に獰猛でパワフル」と表現している。

類似点といえるのはそこまでで、昔のハワイアンが釣りに使ったカヌーと、近代的なカヤックが似ている点はほかに何もない。多くの場合、漁師が手はじめに使うのは、標準成型されたプラスチック製の海洋カヤックを改造したものだ。トローリング用の竿を固定する2個のホルダーをボルトで留める。そして釣り道具箱と呼んでいるプラスチックのボックスを、伸縮性のある紐で船尾に縛り付ける。このような基礎的な改造を行ったあとは何をしようと自由だ。バッテリーで稼動する水中音波探知機、釣り竿ホルダーの追加、カメラの設置台、さらに帆やアウトリガーを付ける人もいる。

カヤック・フィッシングをスポーツとして広める一環として、アイザックさんは2005年にアクアハンターを設立した。今では捕獲した魚を記録する公式機関にもっとも近い存在となっている。ウェブサイトの「トロフィー・ルーム」には、2つの世界記録が載っている。1つはデヴン・ハリングスタッドさんの80キロのアヒ、もう1つはアンディ・チョーさんの102キロのブルーマーリン(ニシクロカジキ)だ。世界記録ではないが、同じくデヴンさんが釣った46キロのウルア(ロウニンアジ)や、アンディ・チョーさんの兄弟のスティーブさんが釣り上げた60キロのブラックマーリン(クロカジキ)も記録されている。

カヤックで釣れる最大の魚はどのくらいの重さだろうか。そんな疑問にデウンさんは、「スポーツとして人気が高まるにつれ、大きくパワフルな魚を追い求めたくなりました」と答える。つい最近も、こんな体験をした。「140キロ級のマーリンに逃げられましたが、巨体が海面から勢いよく飛び出す姿を見て、『ウッヒャー、こんなのを相手にするなんて無茶だ』と、たじろぎました」。だが、一瞬ののち、恐れは闘争心に変わっていた。それこそが、カヤック乗りをあくなき挑戦にかりたてるようだ。