七色果実
Writer: キャサリン・ロー
Translator: 濱元 恭子
Editor: 道添 進
Photographer: デイナ・エドマンズ

行列のお目当て

2月の第1金曜日。午前6時というのにプナホウスクール校門の外には長い行列ができる。早朝から熱気にあふれている理由はその日がホノルルの一大イベントのひとつ、プナホウスクール・カーニバル初日だからだ。開園までたっぷり5時間はあるのに、すでに列をなしている人たちのお目当てはジェットコースターの一番乗りでもなければ、フリーマーケットでお買い得品を手に入れるためでもない。彼らの目的は、名物のカーニバル・マンゴーチャツネを買うためである。

マンゴーは単にハワイの風物詩にとどまらない。それは文化においてもなくてはならない存在であり、その影響はハワイのアート、音楽、食文化にも及んでいる。ハワイの太陽のもとで育て、ずっしりと実ったら収穫し、みんなで分かち合う。マンゴーはハワイの人たちの暮らしにしっかり溶け込んでいるのだ。

広がる料理のアイデア

マンゴーシーズンは通常5月から9月ごろまでだ。収穫した実はパイ、ジュース、ドレッシング、サルサ、ジャム、ピクルスなど、さまざまな調理法で味わうことができる。マンゴー好きはシーズン到来が待ちきれないといった様子だ。

シーズンたけなわの7月、ワイキキのシェラトン・モアナサーフライダーでは毎年、マンゴーを素材に用いたユニークな創作料理コンテストを開催している。彼らはハワイ産の十数種類のマンゴーそれぞれの特性を生かした料理を披露する。2011年のコンテストではザ・カハラ・ホテルのチームが最優秀賞を獲得した。受賞作はカレー味のマンゴーソーセージとグリーンマンゴーピクルスを挟んだポテトパンサンド、牛肉のブルスケッタとマンゴーピクルスにマンゴーのアイオリソースをかけたマンゴー・トルティーヤ、中華風鴨肉のローストとフレッシュマンゴー、ネギとマンゴーソースのクレープ、そしてデザートにはライチーシャーベットとクッキーツイルを添えたマンゴーカネロニなど、素材を存分に生かした創作コース料理で勝利を勝ち取った。

味や歯ごたえの違いは品種だけでなく、熟度によっても大きく変わってくる。カハラチームを率いたウェイン・ヒラバヤシ料理長は、コンテストではグリーンマンゴーをはじめ、半熟、成熟、完熟したそれぞれ熟度の異なるマンゴーを使い分けた。たとえばソーセージには、風味の良さと形が崩れにくい半熟のヘイデン種やラポザ種を使った。また、ピクルスには酸味と歯ごたえを重視してグリーンマンゴーを使用した。一方、完熟した肉厚のヘイデン種やラポザ種はマンゴー・アイオリソースやカネロニに詰める甘いピューレに用いた。種も無駄にはせず、風味を出すために鴨肉の中に詰めた。種から出る酸によって肉が柔らかくなるとヒラバヤシ料理長は力説する。

もちろん手の込んだ料理ばかりではない。コンテストでは素人シェフにも自慢のオリジナルレシピを披露する機会が与えられた。そのひとりケント・トンプソンさんの作ったマンゴークリームチーズ・アイスクリーム詰めグラハムクラッカー・クリームパフは、焼き菓子部門の1位に選ばれた。このレシピに適したマンゴーの種類を聞くとトンプソンさんはすかさず答えた。「ただでもらえるマンゴーですね」。

多彩なマンゴー史

コモン種、ヘイデン種、そしてピリー種はハワイの至るところで見かける。だが、それらはほんの一部の品種にすぎない。2世紀ほど前にはじめてマンゴーがハワイに持ち込まれてから今日までに、品種の数は500あまりに達している。1824年に帆船「カメハメハ号」で持ち込まれたフィリピン産が、記録に残るハワイではじめてのマンゴー(学名マンギフェラ・インディカ)とされている。ジョン・ミーク船長は、当時カメハメハ1世のビジネス顧問で園芸家だったドン・フランシスコ・デ・マリン氏に苗木を授けた。それをマリン氏はホノルル・ダウンタウン地区のビネヤード大通りとリバー・ストリートの角地に植えた。そのためマリン氏はハワイではじめてマンゴーを植えた人物として知られるようになった。このマンゴーの木第1号は小柄なマリン氏にちなんで、ハワイ語で小型を意味するマニニと呼ばれている。マニニはまた、ハワイ全体に遍在しているところからコモン(英語で「よくある」の意)マンゴーの呼び名で親しまれている。中くらいのサイズの実はジューシーで、大きな種が特徴だ。薄緑色の果皮は熟れるにしたがって深紅の交じった黄色に変わる

マンゴーがはじめてハワイに持ち込まれてからおよそ半世紀後、2つの重要な出来事が起きる。まず1885年、ジョセフ・マースデンという人物がジャマイカから西インド諸島産マンゴーの若木数種類を持ち込んだ。S字型をした淡い黄色のチャイニーズマンゴーも、そのときはじめてハワイに紹介された。鮮やかな黄色の果肉は繊維質が多く、甘くて水分の多いこのマンゴーは、その後ハワイ各地に広く繁殖した。もうひとつの出来事は1889年にS・M・デーモンがピリー種の他にインド産マンゴー数種類を持ち込んだことだ。ピリー種は緑がかった黄色に深紅色が混じった果皮が特徴的だ。小ぶりながら肉厚で、繊維がほとんどなく甘みが強いので人気が高い。さらに1930年になるとフロリダのココナッツグローブからジョン・ヘイデンという人物が、ムルゴーバ産のヘイデン種をハワイに紹介した。ヘイデン種は鮮やかな黄色と深紅色が混ざった果皮に白い斑点がついている。そして中型で繊維質の果肉と小さな種が特徴だ。

ハワイに紹介されて以来、マンゴー栽培は急速に発展した。接ぎ木が繰り返され、品種改良を経て多くの新品種が誕生した。オリジナル種の人気をはるかに超える新品種も登場した。当時、経済の多様化を進めていたハワイ州政府は、地場産マンゴーのブランド化と輸出を試みた。栽培試験場のひとつとしてモロカイ島東部マプレフの牧草地帯に作られたマンゴー農園は、今なお現存している。

お昼ご飯のなる木

ジュニア・ロウリンズさんは30年ちかくマプレフのマンゴー農園の管理人をしている。農園の麓にある自宅では、娘のシンディさんがマンゴーの酢醤油漬け作りの最中だった。シンディさんは材料のグリーンマンゴーを手に入れるため、外に出た。家からいちばん近い木の、もっとも低い場所にこぶしサイズの実がぶらさがっているが、あと少しのところで手が届かない。

ふと、シンディさんは懐かしそうに話しはじめた。幼少時代、近所のプールでぶらぶら過ごしていると、きまって子どもたちがマンゴーの実めがけて石を投げていたという。「石をぶつけて落としたマンゴーを、ポテトチップスと一緒に昼食代わりに食べたものです」。するとシンディさんは小石を拾い上げ、マンゴーめがけて思いっきり投げつけた。彼女の筋肉はいまだ衰えていないらしい。石はみごとに命中し、ごつんと誇らしげな音をたててマンゴーは地面を転がっていった。

シンディさんはその実を拾い上げると、皮をむいてぶつ切りにし、醤油と酢、砂糖、胡椒を混ぜたつけ汁と一緒に出してくれた。好みでチリペッパーを加えてもいいという。マンゴーをつけ汁に浸して口に放り込む。しょっぱくて酸っぱくて甘くてピリッとした辛さを口の中で味わいながら、シンディさんの父、ロウリンズさんにマンゴー農園について話を聞いた。

HSPA(ハワイ砂糖栽培協会)は1940年に海沿いの16ヘクタールの農園に30種あまりのマンゴーを植えた。本数にして1500〜2000本にのぼった。ハワイで最大規模を誇るこのマンゴー農園は、ジョー・ウェルチ(初めて木を植えた人物)の別名を持つマプレフ・マンゴーの栽培でも知られるところとなった。

HSPAは1983年に農園の管理業務から撤退した。手入れの行き届かなくなった木々はその後も大きくなり、マンゴーの木の高さの最高限度の30メートルに達するまでに成長した。毎年しっかり実をつけていたが、収穫するのが至難の業だった。

HSPA撤退後、ロウリンズさんはラリー・ヘルムさんとカレレ・ローガンさんとともに農園管理を引き継いだ。大好きなジョン・ウェインの映画を真似て昔風の荷馬車を作り、飼っていた馬を運び込んで1984年に観光ツアーのモロカイ・ワゴン・ライドを設立した。

「とにかくハワイアンライフに憧れていた」とロウリンズさんは語る。ツアーは1日につき約30人の観光客が参加した。荷馬車に乗せて、まずは観光名所のイリイリオパエ・ヘイアウ(神殿)を目指す。帰路の途中でマンゴー農園を見学し、その後ビーチでルアウ(宴会)を楽しむ。ツアー中にはハワイの歴史を学んだり、ギターの伴奏で歌ったり踊ったり、獲りたての新鮮な魚を味わったりと楽しみは尽きない。「あっという間に人気が広まりましたね」。ロウリンズさんは懐かしそうに当時を振り返る。またマンゴー人気に便乗し、ヘルムさんは「モロカイでマンゴーづくし」とプリントしたTシャツを作った。3人は家族の助けを借りて毎夏、数千個のマンゴーチャツネを作って売りさばいた。

極上のハワイ産

マンゴーがハワイで栽培されるようになっておよそ2世紀。振興に向けたHSPAの努力もむなしく、輸出商品として大規模生産されるまでには至っていない。輸出するためにはミバエやゾウリムシなどの害虫に関する厳しい検疫基準がハードルとなり、現実的に難しい状況だ。しかし、米国農務省によって1906年に品種登録の認定を受けたマンゴーは、これまで地元住民に愛されつづけてきた。

マンゴーを半世紀以上に渡り栽培しているマカハ・マンゴーズのオーナー、マーク・スイソウさんは、地元の商店がメキシコや中米からの輸入ものだけでなく、徐々にハワイ産を取り扱うようになってきたことに励まされると言う。スイソウさん自身、このハワイの代表的フルーツをこよなく愛するひとりだ。「リンゴが寒い地方の人たちに好まれるように、マンゴーといえばハワイ。シーズンには大量のマンゴーが収穫できるので、みんなで存分に堪能します」と嬉しそうに語ってくれた。